日本のサッカー人気の現状は?

日本のサッカー人気の現状は?

日本サッカーの黎明期

日本のサッカーはプロ化して20年たち、現在では日本の選手がヨーロッパの主要リーグで活躍し代表でも大きな大会であるオリンピックやワールドカップでも連続出場を果たしているのです。そんな日本のサッカーですが、過去の歴史と踏まえて人気の現状を考えます。日本のサッカーの歴史は意外に古く1960年代から行なわれていたのですが、アメリカとの関係によって野球のほうが高い人気を誇っていた時代になります。このときは企業スポーツレベルでもなく、ただヨーロッパの文化で知ったサッカーという運動を行なう愛好家の間で行なっていただけの感じになっているのです。それが変わっていたきたのが、1970年代からでありこの時代に入るとスポーツ増進と企業イメージの向上を目的にスポーツ部門として投資するようになります。それによって安定した利益を出している新聞社や自動車産業が参加し、そこで社会人リーグが誕生するのです。社会人リーグが出来たことで自社内で応援隊が結成されある程度盛り上がりますが、ただ一般市民には普及せず人気はまだ皆無といえるレベルです。
予選敗退が契機になったプロ化

1980年代になると社会人リーグの発足でレベルが向上し、日本人で初のプロ選手になった釜本選手や木村選手を筆頭に往年の名プレイヤーが生まれます。これらの選手が躍動し、メキシコオリンピックで現在でも最高記録として認知されている銅メダルを獲得するのです。この活躍によって市民の間でも人気が高まりプロ化の話が進んだが、しかし企業イメージ優先で組織が独立するサッカーリーグへの投資を渋る企業が多くなりあえなく断念に追い込まれます。そして往年の名プレイヤーが経験をつんで円熟期を迎えたときに、イタリアワールドカップ予選が始まり誰もが銅メダルメンバーで望むため初出場が期待されたのです。しかし実際に予選が始まってみると、選手の大半が30歳を超える年齢となってコンディション調整が難しくなっていたために苦戦をします。さらに銅メダルメンバーのスタメンと控えのレベルの差が開きすぎていたために、メンバー交代をするとレベルについていけず負け越してしまったのです。それでも最終戦の韓国戦に勝てば出場が決まるが、これまでの激闘で疲れきった選手に太刀打ちできる力が残っておらず敗退が決定します。銅メダルメンバーをそろえたのに、予選敗退が決まったことで組織やファンの間で意識改革が進みプロ化が急速に住んだのです。そして大会が終わった後に各企業に働きかけてプロ化のメリットを紹介し、それを了承した企業も投資することが決まり1990年において日本のプロサッカーリーグであるJリーグが開幕します。

プロ化の日本のサッカーの人気絶頂期

1990年代に日本のプロサッカーリーグであるJリーグが開幕したのですが、そのときが一番人気が高かった時代であるといえます。時代はバブル景気に沸いているのもありますが、やはり華やかにスタートしたJリーグはサッカーを知らない人間の間でも注目の的になっていたのです。観客動員数も1万を超える人間が集まり、発足当時のチームを応援し熱狂し選手も応援を背に躍動します。そんな中で始まったサッカー熱を不動の物にするために、1992年のアメリカワールドカップ予選は注目のものになったのです。このときのメンバーは当時最強のチームだったヴェルディ川崎と横浜マリノスで構成し、前回大会の予選とは打って変わって勝ち点を積み重ねることに成功し前回大会同様に勝てば予選突破までこぎつけます。しかし最終戦は現在にも語り継がれるドーハの悲劇の舞台となり、そのときの最強メンバーをそろえても勝ち上がることは出来なかったのです。この予選敗退によって盛り上がっていた熱は少しだけ冷めてしまい、さらに人気の海外選手の引退や円熟期を迎えた選手が多くなったことで華やかさが無くなり観客数も徐々に落ちていきます。

着実な育成がオリンピックとワールドカップ出場に直結する

当初のサッカー熱は下がってしまったが、このプロ化によって興味を持つ子供が多くなりプレイ層は厚みを持たせることに成功します。そこでJリーグが安定した人気を維持するために始まったのが100年構想です。これはサッカーが気軽に行なえる環境を整えるために、各年代の育成を大事にするだけでなく設備投資や部リーグ制への移行という形で進められます。この100年構想は着実に進められ、これまで10チーム程度だったプロチームは各地に誕生し地元に根ざしている選手が地域を盛り上げたいと躍動します。そして着実に進んだ改革は功を奏し、メキシコオリンピックから出場が出来なかったアトランタオリンピックに出場が決まり、その後本選においてマイアミの奇跡を起こすことにつながるのです。そして2002年に日韓共同開催が決定しているため、なんとしても開催国初出場を避けるためにフランス大会に出場したい協会は予算を増額して試合数の増加など更なる選手育成を進めます。そしてフランス大会は苦戦しながらも初の予選突破し、それによってサッカー人気は若い世代で不動のものなったのです。

現在の日本のサッカー人気の現状

ワールドカップ初出場を決めたその後において、育成は各年代の着実に進み開催国出場を除いて6連続で出場を果たすほどにアジアでは強い国へと成長します。ただ現在の状況は楽観視できるものではなく、数多くのスポーツがあるため分散しサッカーもその影響は少なからず受けています。しかし1990年代から積み重ねてきた土台はしっかりしていることもあり、そのプレイ層の増加は緩やかではありますが伸びていることにも変わらず今後も地元に根ざした環境で楽しまれていくと思われるのです。